仲介業者から電話が来たおよそ一時間後、青山と梶は町外れの小さな車屋にいた。その車屋は、裏社会の人物に車を貸し出すという仕事をしていた。今回二人は、逃走用の車を手に入れに来たのだった。人質をとるとはいえ、全く逃げないわけにはいかないからだ。
「鯨ー!」
店内に入って、梶は大声を出す。カウンターに座っていた店主は、読んでいた小説から目を離し、二人を見上げた。そして再び小説に目を下ろす。この店主はなぜか「鯨」と呼ばれており、常に同じ小説を、しかも上下逆で読んでいる、変わった男だった。
「なるべく広く、長期間過ごせる車はないか?」
青山は尋ねる。すると鯨は立ち上がり、店の奥へと行った。青山と梶が後に続く。