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小説 彼のための世界#10 |
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鯨 |
2/15 18:49 |
「おっさーん!」
背後から声がした。振り向くと先程入口で会った少年、カイトが手を振りながら走ってきていた。
「夕飯なんだけど…ん?お前は?」
いきなり「お前」はないだろう。
「彼かい?新入りの田中一君だ。同じ部屋だから仲良くしてやってくれ」
サンプルが紹介する。どうも、と僕は頭を下げる。
「俺はカイト。よろしく。にしても田中一かぁ…。はははっ」
またか。そんなに僕の名前がおかしいのだろうか。
「ごめんごめん。そうだな…これに田中一って書いてみろよ」
カイトが紙とペンのようなものを取り出す。用意がよろしいことで。僕はペンを持ち、名前を書く。すると見たこともない文字が書かれた。しかし田中一と読むことができる。言葉と同じ原理だろうか。それにしても
「…難しくないか!?」
そう。田中一という文字はとにかく複雑だった。横でサンプルがにやつきながら言う。
「転生者の間でね。『田中一という文字はすごく複雑になる』っていうのは鉄板ネタなんだ」
そういうことか…。思わず溜め息をついた。